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日本刀の妖しいエピソード

日本刀の完成度の高さは、時として尋常のものではない逸話がつきまとう。武器としての側面もそれを手伝っているのか、名刀には恐ろしい存在が関わっているものも多い。

にっかり青江(あおえ)とよばれる日本刀は、そのような逸話を持っている一振りだ。

江州蒲生郡(こうしゅうがもうぐん)八幡山(はちまんやま)(滋賀県近江八幡市) 一帯を、中島某と呼ばれる領主が治めていたころの話。 町はずれに、夜ごと不気味な化け物が出るという噂が流れていた。 「それは領主として放ってはおけぬ。退治してくれるわ」 と言って、領主は自慢の一振り、備中(びっちゅう)青江(岡山県倉敷市)の太刀を腰に佩き、 楓爽と化け物退治に出かけていった。 真っ暗な夜道を用心しながら歩いていると、前方から何やら怪しい気配を感じた。 目を凝らすと、道の先から子供を抱いた女がやってくる。領主のすぐそばまでやってくると、女は子供をおろしてにっこり笑いながら、「さあ、お殿様に抱いてもらいなさい」と言い、子供はよちよちとこちらに向かって歩いてきた。背筋がスーッと冷たくなって、全身が粟立つ。「これが噂の化け物に違いない」と確信した領主が、近づいてくる子供の首を青江の太刀で薙ぎ払うと、その姿はふーっと消えてなくなった。

すると、今度は女が、「私も抱いて」と、にっこり笑いながら近づいてきた。「おのれも化け物か」と、返す刀で薙ぎ払う。すると、女の姿も霞のごとく消えてなくなった。 翌朝、領主は昨晩化け物を斬った場所へと行ってみた。そこには女・子供の死体はなく、道のはずれに、上部がスパッと斬り落とされた、苔むした墓石が立っていた。 この出来事から、女性の不気味な微笑みにちなんで、この太刀を「にっかり青江」と呼ぶようになったという。これは、『享保名物帳(きょうほうめいぶつちょう)』の中で語られた逸話であるが、ほかにもにっかり青江の由来となるエピソードはいくつか伝えられている。いずれも「にっこり微笑む 女」が登場する点は、共通している。その後、柴田勝家(しばたかついえ)から子の勝敏(かつとし)へ、さらに、丹羽長秀から豊臣秀吉、京極高次(きょうごくたかつぐ)へと伝わり、現在は、重要美術品に認定されて、香川県の丸亀市立資料館が所蔵して いる。