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義元左文字

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鎌倉時代末期から南北朝時代に、筑前国(福岡県北西部)で活躍した刀工・左文字の作である。  「義元左文字」と呼ばれ、三好宗三(政長)から武田信虎(信玄の父)、そして、今川義元へと渡った。 1560年 桶狭間の戦いで、織田信長はわずか2000の軍勢で、20万の今川軍に奇襲を仕掛け、大将・今川義元の首級を挙げた。そのとき、 信長は義元の太刀を針砕った。この戦いにより、信長は織田家存亡の危機を脱した。 そして、この勝利がよほどうれしかったのだろう。「義元左文字」に、官頭の銘を 切らせ、いつも身に着けていたという。 天下統一への道をひた走るきっかけとなった戦で手に入れた一振りの太刀に対する信長の思いがうかがえる名刀である。

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